能装束には「紅入(いろいり)」・「無紅(いろなし)」の区別があります。
役の年齢・既婚・未婚によって赤っぽい色・華やかな色が装束のなかに使われるか、否かが区別されます。
こちらは若い女性の役に使う紅入の唐織です。秋草のなかに葛屋をあしらった文様なので「定家(ていか)」「野宮(ののみや)」「井筒(いづつ)」の前シテなどの唐織着流し姿に。
「縫い取り」という技法で横糸を浮かせて仕上げているので 刺繍のようにもみえますが、織物です。
こちらも紅入の唐織ですが、文様が鳳凰と豪華なため、「楊貴妃(ようきひ)」「江口(えぐち)」の後シテの壺織姿、着流しにして「船弁慶(ふなべんけい)」の前シテ静御前などに。
地色が紺と茶の段になった無紅の唐織です。縫い取りの細かい柄の中には赤っぽい色も使われますが、紅入りと比べると、ずっと押さえた感じの色を使用して織ります。
「三輪」(みわ)「砧(きぬた)」の前シテなどに。
主に着付けとして大口などの袴と共に着付けることが想定されるため、身丈が半分に仕立てられている厚板です。雲判のなかに細かく紗綾形(さやがた)の文様が入っていますが、これはよこ糸(絵緯)が長く浮くと着用の際、引っかかるなどの不都合を生じるため、「針とじ」とよばれる方法でたて糸を操作してよこ糸を押さえる役目を果たしています。
こちらは身丈が長い寸法で織られている厚板です。壺織りにして「山姥(やまんば)」の後シテに、また、「頼政(よりまさ)」の後シテなどにも使用出来ます。
厚板としましたが、無紅の唐織として「藤戸(ふじと)」の前シテなどにも使える装束です。織物としての「厚板」はこのような感じの地厚な綾織物を指します。従って、前掲の厚板類は織物としては「厚板唐織」に分類されます。
長絹は舞を舞う女性の役が主に使用する優雅な装束です。袖が二巾でたっぷりとし、身頃の両脇は縫わずに空いています。絽や紗の生地に金箔・色糸で文様が表されます。能装束においては「絽」だからといって夏の衣装、ということはありません。写真の長絹はふんだんに色糸を使用した豪華なものですので「野宮」の後シテや「羽衣(はごろも)」などにも。
単法被は素材・形とも長絹とほぼ同じですが、脇の部分に合引(あいびき)とよばれる細い共布をつけ、前身と後身がつなげられます。 こちらは平家の公達などの修羅物、色目を押さえれば「天鼓(てんこ)」の前シテなどの老人の役にも使われます。
舞衣も絽の生地の装束です。女神や天人など気品ある役が使用します。長絹が上からふわっと羽織る感じに着付けるのに対し、舞衣は腰でたくし上げて着付けるため、衽(おくみ)があったり、身丈・袖丈も大きめに仕立てます。
水衣は通常は無地の物が多いのですが、こちらは「松風(まつかぜ)」などに使用するため、裾に金箔で柄を置いて豪華に仕上げています。
武士の役・千歳・三番三(三番叟(さんばそう))に使われる直垂です。同じく麻製の素襖との違いは、裏地がつくことと、袴の形です。また、文様には鶴亀があしらわれます。
上のみで使用する「掛直垂」と「千歳」「三番三(三番叟)」などの上下で使う場合があります。
袷法被は「竹生島(ちくぶしま)」の後シテなど龍神、「屋島(やしま)」の後シテなど武将、「菊慈童(きくじどう)」などの中国青年の役などに使います。龍神や武将の時には片袖を脱いだうえで後ろ側へ巻き込んで着付けたり、両袖とも内側へ折り込み、肩をぴんと張って着付けたりもします(「肩上げ」)。
こちらの柄は雲・稲妻と強い文様なので、龍神、武将などに向いているかと思われます。
素襖も上のみの「掛素襖」として使用する場合と、上下セットで使用する場合があります。麻の単仕立で、上は背・袖・胸の5箇所、袴は腰板と両脇の3箇所に大抵「雪輪にたんぽぽ」の紋が入ります。紋の由来は不明ですが、「室町の頃、将軍のとっさの所望で、平服に紋替わりに薺草(もしくは蒲公英)をつけて舞った故事による、とも伝える」(「染色の美」第14号1981年秋号 特集狂言の装束 増田正造)という説がなんだか素敵だと思います。能用と狂言用でずいぶん文様が違ってきます。
袷狩衣も金襴の生地を使用します。男の神様、中国系の神様、天狗などに使用します。
こちらは強い文様ですので天狗などに。
袖は二巾で丸くくりぬいたような襟と前身頃にそれぞれ衽が長細くつけられます。
単狩衣は雅な公家など貴人の役や男装の草木の精などに使います。「融(とおる)」の後シテ、「小督(こごう)」、「西行桜(さいぎょうざくら)」の後シテなど。絽の生地に金銀箔や色糸で模様を織り込んでいます。
形は袷狩衣と変わりませんが、単狩衣のときは使用する飾り紐(「露(つゆ)」とよびます)が細くなったりします。
また、裾にぐるりと共裂で「襴(らん)」をつけると「直衣(のうし)」とよばれます。
たて糸に生糸(精練加工していない糸)・よこ糸に練緯(ねりぬき)を使って織った平織の無地・縞の織物を熨斗目といい、また、その生地を使った小袖型の装束を「熨斗目」といいます。こちらは2種類の経糸を使用することで織物の表面に凹凸を生み出す「縅織(しじらおり)」で織られています。
チェック=「縞熨斗目(しまのしめ)」主に狂言で太郎冠者などが使用、ストライプ=「段熨斗目(だんのしめ)」こちらは男役、狂言ならば主、無地の物は「無地熨斗目」こちらも男性役が使うことが多いです。
能装束において唐織と双璧をなす豪華な装束が縫箔です。唐織は織物ですが、縫箔は朱子地に金箔と刺繍で柄を置いています。紋型に幾分かの制限をうける織物に対し、刺繍は柄の置き方に制限が無いため、古い物には思い切った意匠のものが多く見られます。
腰巻にして「羽衣」や「杜若(かきつばた)」の女性役のほか、長絹の下の着付けとして「敦盛(あつもり)」「経正」(つねまさ)などの負修羅などにも使えます。
こちらは無紅の縫箔です。紺色の朱子地に金箔で露芝(つゆしば)をおき、秋草を刺繍しています。
無紅でも老女というよりは既婚者、という感じの「隅田川(すみだがわ)」や「百万(ひゃくまん)」に向いているかと思います。
能楽で最もよく使用される袴といっても良いのが「大口」です。前生地は分厚い精好地(せいごうじ)、後ろ地はウネ織になっています。通常は白、赤(緋)、浅ギなどの無地ですが、写真の用に文様の入ったものを「紋大口」とよんでいます。
半切は大口と形は同様ですが、金襴の生地を使用しています。また、後ろ地はウネ織ではなく、芯をいれて仕立てています。基本的には鬼、武将、天狗、龍神などの強い役に使います。こちらの柄は立浪ですので、「船弁慶」の後シテなどに使われます。
狂言で太郎冠者などが履く袴です。麻製で染で文様を表します。 無地に宝尽くしの丸紋のみのものも多いのですが、こちらは縞が入っています。
宮中女性の役や道成寺の小書きの際に用いる裾の長い袴です。生地は精好で、長い紐を脇で結んで着用します。
能楽以外でも、宮中行事の際などに着用されている姿を見ることができます。
その際は色に決まりがあり、写真のような緋色は既婚女性が着用し、未婚女性は濃色(こきいろ)とよばれる濃い赤紫のものを着用します。
主に女性の役が表着の下に着込むのが摺箔・織箔です。
「摺箔」は朱子地に金箔・銀箔で柄をおいたもの、「織箔」は箔の代わりに金箔・銀箔を織り込んで柄を表したものです。
「葵上」や「道成寺」などで使われるウロコ文様の摺箔・織箔は「鱗箔」とよんでいます。写真の鱗箔は金銀をとりまぜており、凝ったものになっています。
舞楽で使用するイメージが強い鳥兜ですが、能楽でも使用する曲があります。
こちらも装束同様、紅入・無紅がありますが、写真のものは無紅です。その名の通り、鳥のような形をしたかぶりものです。
能舞台で使用する幕です。橋がかりと鏡の間の境に掛けられます。
緑・黄・紅・白・紫の五色が多いですが、三色のものもあります。写真のものは牡丹唐草文様ですが、舞台や催しにより、独自の紋が入ったものが使用されることもあります。